「難波宮跡」で新たな柱の跡など発見 宮殿全貌探る手がかりに

現在の大阪市の中心部に置かれた都、「難波宮跡」の発掘調査で、飛鳥時代や奈良時代に「役所」が置かれていたとみられる場所に柱の跡などが新たに見つかりました。
大阪市は宮殿の全貌を探るうえで、重要な手がかりになる発見だとしています。

新たな遺構が確認されたのは大阪・中央区にある「難波宮跡」の発掘現場で、「難波宮」は飛鳥時代と奈良時代の2度にわたって宮殿が築かれました。
市によりますと、「難波宮跡」の東側で行われた調査で、▼飛鳥時代のものとみられる通路の柱の跡、「柱穴」が14基と、▼奈良時代にあったとみられる地面に小石を敷き詰めた広場の跡が見つかったということです。
新たな遺構が見つかったエリアは宮殿の実務機能を担った「役所」が置かれていたと考えられている場所で、これまでも柱の跡が見つかっていました。
今回の発見で飛鳥時代にあったとされる「役所」の区画がこれまでよりも南側に広がっていることが確認できたとしています。
市は宮殿の全貌を探るうえで、重要な手がかりになる発見だとしていて、今月19日に午後1時から午後4時の間、発掘現場を一般公開する予定です。
大阪市教育委員会の佐藤隆 主任学芸員は「柱穴は比較的大きく、宮殿らしい立派な柱があったことがうかがいしれる。大阪の街なかに古代の宮殿の跡があることを多くの人に実感してほしい」と話していました。